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zoom RSS 気仙沼に行ってきた

<<   作成日時 : 2011/05/09 19:00   >>

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 連休5月5日と6日の一泊二日で、気仙沼方面に行ってきた。会社の社員W君が一人、気仙沼市のほうで情報支援関係の業務に就いているので、その様子を見に行くのが目的の一つ。国の災害ボランティア検討会の事務局をやっている関係で、検討会メンバーの猛者たちがあちこちで活躍中。そのボランティアセンターの状況をみることも目的の一つ。実際の現場は社員がやっているので、私はほんのちょっと被災地の様子と現場の雰囲気を見るだけだ。 5日の昼過ぎに社員T君とW君とで仙台駅で待ち合わせて、プリウスで名取から亘理町、東松島を経て、古川の駅前で泊り。翌日一関から気仙沼に入る。往復路とも新幹線を利用して、帰りは一関から帰京。連休中のしかも開通したばかりの新幹線なのでもっと混雑しているかと思ったら、拍子抜けするほど空いていた。
 被災地の様子はマスコミで報道されているとおり、ガレキの片付けはなかなか進んでいない。津波で根こそぎ住宅がさらわれてしまったところはボランティアの手に負えないので、まだまだほとんどそのままの状態である。ボランティアは浸水したけれどもまだ住める住宅や店舗などのドロ出しや片付けが中心。住宅地も大変だが、ドロをかぶってしまった農地の復興も大変だ。田んぼは畦までドロがきているので、これを除去するだけでも膨大なドロが出るだろう。
 気仙沼ではその昔トイレシンポジウムを開催したことがあり、そのとき港にできた公共トイレがまだ残っていた。グッドトイレ10という、全国のいいトイレを選んで表彰するイベントを長年やっていたが、そのときのサインプレートが残っていた。巨大な船が道路に横たわっていたり、海に浮かぶ船が黒こげだったり、壊れた冷凍庫から魚の腐臭が漂ってくる。その一方で、津波被害に遭っていないところでは平常の生活が回復していた。
 被害が小さかったところではガレキも片付けられて、津波なんか無かったかのようにきれいになっているところもある。
 しかし、後世のためには被害の実態を「現地」に残すべきだ。街路ごとに、どこまで津波があがってきたのか、建物に印を残すなど、あとで検証できるようにしておくべきではないか。跡形もなく消してしまうのはいかがなものかと思う。以前、ドイツのケルンで、街区のあちこちにライン川が氾濫したときの水位が記してあった。水害とともに生活してきたという証であり、生のハザードマップなのだ。災害を忘れないために、ぜひ被災地ではこうした印を町の中に残してほしい。

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気仙沼の市街の様子(5月6日)

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津波で流されずに残った公共トイレ(屋上は津波避難場所を兼ねた展望台になっている。この展望台よりはるかに高い津波が襲った。)

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「グッドトイレ10」のサインプレート。11月10日(トイレの日=いいトイレ)を記念して表彰してきた。

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