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zoom RSS 石塚治夫君を悼む

<<   作成日時 : 2009/06/27 14:47   >>

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 6月16日に、大学の同級生であった石塚治夫君が亡くなった。享年55歳、膵臓がんだった。「早大山の子」というサークルの同級生は8人。そのうち2人が亡くなった。一つ上の先輩は5人。こちらも2人が亡くなっている。
 同級生の死は本当に悲しい。石塚君は青森の出身で、東北人らしい骨太の体型をした男だった。東北なまりが残る話しぶりはいつも落ち着いていたが、最近会ったのはいつだったか忘れてしまった。輸入雑貨の会社で役員をしていたが、ネパールあたりの写真が飾られていたので、たぶんそうしたところにたびたび出かけていたのだろう。
 その昔、雪の残る八甲田山に一緒に登った。山小屋に泊まり、尻スキーで雪渓をすべり下りたたことを思い出す。混浴の酸ヶ湯にも入ったっけ。弘前城の桜を見たのもあのときだった気がする。
 通夜の帰途に、集まったサークルの先輩後輩と飲んだ。皆、いい中年おやじとおばさんばかりで、それぞれの組織では校長や局長や執行役員という肩書きを持つ人も少なくないが、集まると昔通りの名前で呼び合う仲だ。文字通り、同じ釜の飯を食った仲間だ。石塚君ともそういうつきあいだったが、東京にいたのにあまり会う機会がなかったことが心残りである。
 一緒に登った山より高いところに行ってしまった石塚君の冥福を祈る。

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コメント(3件)

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何年も石塚君に会っていないので、「どうしているかなぁ」と思ってヤフー検索してみると、何と「亡くなった」との知らせ。ただただ驚いています。私は青森高校の同級生です。とても仲良しでした。いつも隣り合わせの席で、何かおしゃべりをしては「ガハハハ…」と例の人懐こい笑顔を返してくれる友達でした。高校1年の7月、「オレ、この夏休み、自転車で日本一周してくるから宿題、全部、オレの分までやってくれ」と有無を言わさず膨大な量の宿題を渡されて、呆然としたのを昨日のように思い出します。そして、8月下旬、日に焼けた顔で意気揚々と帰ってきました。手には「宿題のお礼だ」と可愛い博多人形をぶら下げていました。石塚君が、度の道中、その人形を自転車に乗せてカランコロンと博多から青森まで帰ってきた姿を想像すると“(あまりの宿題の大変さに)一発殴ってやろう”と思っていた気持ちが瞬く間に失せてしまったものです。その後、石塚君がヨーロッパに1年ほど滞在し、帰国した際には空港まで迎えにいったような記憶もあります。最後に会ったのは八甲田山の麓の雲谷スキー場でした。私の夫を紹介すると多くを語らず「ヤァー」と照れ笑いをしていた顔を思い出します。ご冥福をお祈りいたします。
ままちゃん
2009/09/10 10:59
昨日、書き込みをしたままちゃんです。実は高校を卒業して以来、石塚君には3〜4回しか会っていないので、ほとんど壮年期、晩年の石塚君を知りません。もしご存知の方がいらっしゃいましたら差し支えのない範囲で結構ですのでお知らせいただけましたら幸いです。「お通夜はどこで行なわれたのでしょうか? 青森? 東京?」「“ハルちゃん”と言って石塚君を溺愛していたお母様はお元気ですか?」「石塚君はご家庭を持たれてお子様などいらっしゃったのでしょうか?」などなどです。実は、高校のとき私たちは親友同士で「仲良し3人組」を自任していました。石塚君と私と、もう1人Y君です。今でもY君とは年賀状のやり取りなどしており、機会があったらY君と2人で石塚君の思い手話に花を咲かせて供養の代わりにしたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
ままちゃん
2009/09/11 14:59
石塚君は早稲田を出てから東京の輸入雑貨の会社に勤めて、海外への買い付けなどにも行っていたようです。葬儀は都内の葬祭場で行われました。遺影はネパールかどこかで撮った精悍な写真でした。会場には海外での写真が飾られていました。彼は独身でした。卒業してからはあまり会っていないので、私生活まではわかりませんが、会社ではずいぶん頼りにされていた存在のようです。年末に病気が見つかり、そのときはすでに手遅れだったとか。余命を知っていたかどうかはわかりませんが、本人は亡くなる一ヶ月前まで会社に出ていたということです。青森からは長兄の方が来られていました。葬儀はほとんど会社のスタッフがやっておられました。学生の時、いっしょに春に雪の八甲田山に登り、青森のお宅にも立ち寄らせていただきました。本当に残念です。
YAMAMOTO
2009/09/13 11:16

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