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zoom RSS TAMAとことん討論会とリサイクル活動の歴史

<<   作成日時 : 2008/02/03 22:30   >>

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 昨日2月2日(土)に、「第15回TAMAとことん討論会」が東京学芸大学で開催された。寒い教室に200名近い参加者を集めた。
 とことん討論会は15年前に多摩地域が神奈川県から東京に移管されて100周年を記念した「TAMAらいふ21」という記念行事の一環として、われわれが発案・提案して開催したことがきっかけとなって、現在まで続いている。そのときに「多摩リサイクル市民連邦」という市民団体が生まれ、多摩地域を横断的にごみ問題・リサイクルについての勉強や情報交換を行っている。
 小生は午後のセッション「生ごみ」のコーディネーターを仰せつかった。

 それにしても15年である。長女が生まれてまもなくであるといいうことを思い起こすと、歴史になりつつある。あの頃はまだ30代だった。事務局長の江尻京子さんも、実行委員の祐乗坊さんも、市民連邦代表理事である恩師である寄本先生も、皆若かった。

 リサイクル法の皮切りとなった容器包装リサイクル法が制定されたのは92年の第一回とことん討論会の3年後になる。15年の間にはいろいろな法制度ができ、リサイクルより3Rと言わねばならなくなった。その容器包装リサイクル法制定当時の担当課長であった大道さんが、民間人になって参加してくれたことも書いておきたい。大道さんは通産省の初代リサイクル推進課長で、自動車リサイクル法も手がけられた。官僚時代から職責を離れても市民活動の場に顔を出されていた人だ。
 

 1月末に札幌に行った。久しぶりに「ひがしリサイクルサービス」の東龍夫氏と飲んだ。東さんとは、小泉晨一さんが呼びかけた日本リサイクリング協会の集まりで知り合った。79年から札幌で資源回収業をはじめたいわゆる「ニューくず屋」(小泉さんの命名)である。小泉さんは70年代初頭にベンチャーとしてくず屋を始めた人で、彼が呼びかけた日本リサイクリング協会には様々なユニークな面々が参集した。

 リサイクル運動の「元祖」は石毛健嗣さんが74年に立ち上げた「リサイクル運動市民の会」 で、その後神戸で高見裕一君らが76年に「関西リサイクル運動市民の会」を立ち上げ、名古屋の「中部リサイクル運動市民の会」、「九州リサイクル運動市民の会」「沖縄リサイクル運動市民の会」「関東リサイクル運動市民の会」などが次々と発足した。

 石毛さんを除く各団体の設立メンバーたちも、リサイクリング協会をとおして横のつながりができた。小生もその末席に関わっていたことから、東さんをはじめリサイクル団体とのつきあいは今でもある。

 これらの団体はフリーマーケットや不要品情報交換などを主たる活動としていた。インターネットなど想像できない時代で、電話と情報誌でやっていた。ヤフーオークションもリサイクルショップも、元をたどればこうした活動が原点だ。大手リサイクルショップや不要品オークションの発案者には、リサイクル運動出身者が大勢いる。ついでながら、その後小泉晨一氏と高見裕一氏は衆議院議員になった。

 ちなみに元祖は今でもフリマを中心に活動しているが、中部リサイクルや沖縄リサイクルはそれぞれの地域で中核的なNPOとして、幅広い環境活動を展開している。
 
 話が長くなってしまったが、あれから30年もたち、いよいよ「われわれはリサイクル運動の歴史の証人になりそうだ」という話を東さんとした、ということである。誰が何をしたというのは、単なる昔話に過ぎないという気もするが、記録として残しておく必要がある、と助言してくれる人もいる。
 
 それにしても、自分の関わってきたことが歴史として語られつつあるというのは思いもよらないことである。東さんからは、この世界の生き残りたちを集めて、次世代にどうつなぐか、そろそろ考えよういう提案をもらっている。札幌のラーメン屋で焼酎を飲みながら語り合ったことである。

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